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息子のテスト問題が返されてきた。 点数はさることながら、内容を見て「ん?誰この人?」とお恥ずかしながら 疑問を持った。 「郷土を開いた人びと 平賀千代吉と豊沢ダム」とある…。 知らない(^_^;)誰その人??で、内容を見てみると【平賀千代吉】さんの 功績が書かれてあった。 平賀千代吉さんは、大正時代まで続いた豊沢川下流の水不足で困っていた 人々を救ったまさに”郷土を開いた人”。 当時、豊沢川下流は水が少なく田んぼへ引く水取りの喧嘩が度々起こっていて、 水さえあればという人々の声があった。喧嘩の仲裁に奔走していた 千代吉さんは、豊沢の山あいをせき止めて水を貯めれば下流の田に 水を送る事が出来る、と考え、ダムを作ることを決意したそう。 豊沢地区の反対する人々の説得・生活の保障、県や国への陳情、 戦争による時間の経過、建設工事の際のトラブル等等、 昭和16年から始められた建設工事が完成したのは昭和36年。 八ツ場ダムも政府の方針とは別に建設が莫大な時間と費用と労力を掛けて 進みそうだが(^_^;)、当時の豊沢ダムの建設も相当なものだったに違いない。 20年の歳月を費やして、千代吉さんはその時67歳だから、建設前の歳月を 合わせると人生の大半、豊沢川に心血を注いだ事になる。 もちろん、『豊沢川土地改良区』の初代理事長になるそうだが。。 千代吉さんへの感謝を込めた記念碑があると知り、行ってみた。 花巻南高校と花巻南インターの中間くらいに位置し、碑の目の前には 見事な田んぼが広がっている。↓ 詳しく書かれてある素晴しいページを見つけたので詳しく知りたい方は こちらへどうぞ(^^ゞ↓ http://blog.goo.ne.jp/suzukikeimori/e/e0d4bece77150091dc5359e33412fe25 蛇口から出る水を飲み、トイレもお風呂も快適に暮らしている生活があるのは 先人の苦労と努力の賜物なのだと…改めて感謝の念が湧いてきた。 当たり前になっているたくさんのこと、、、なぜ今こうしていられるか? 1枚のテスト用紙で思い出した。たまにはこういうことを思い出さないとなぁ(笑)。 ↓ポチっと押していただければ嬉しいです(*^_^*) にほんブログ村 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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豊沢川って、賢治の「なめとこ山」の舞台じゃなかったですか?今年は、里に出てきた熊が、ずいぶん撃たれましたね。ニュースを聞くたびに、主人公小十郎のことが思い浮かびました。 |
yamaちゃん 2010/11/24 21:22 |
★yamaちゃんさん★ |
hanako 2010/11/25 21:25 |
初めまして、滋賀県に住んでいる豊沢出身のものです。 |
kuma 2011/05/20 16:23 |
前回のコメントでサイトのリンクが出来ませんね、 |
kuma 2011/05/26 17:54 |
★kumaさん★ |
hanako 2011/05/27 22:13 |
★kumaさん★ |
hanako 2011/05/27 22:14 |
私は昭和34年、ダムの完成前に岩手を離れました。 |
kuma 2011/05/28 16:44 |
★kumaさん★ |
hanako 2011/05/28 21:09 |
花巻に帰ることは少なく、懐かしい情報はありがたいのです。 |
kuma 2011/05/29 12:37 |
★kumaさん★ |
hanako 2011/05/29 18:10 |
またお邪魔します。 |
kuma 2011/06/08 20:01 |
★kumaさん★ |
hanako 2011/06/21 15:52 |
心強い味方を得ました。 |
味方が増えました 2011/06/21 17:30 |
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