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help RSS 平賀千代吉 〜豊沢ダムの父〜

<<   作成日時 : 2010/11/18 23:55   >>

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息子のテスト問題が返されてきた。

点数はさることながら、内容を見て「ん?誰この人?」とお恥ずかしながら

疑問を持った。

「郷土を開いた人びと 平賀千代吉と豊沢ダム」とある…。

知らない(^_^;)誰その人??で、内容を見てみると【平賀千代吉】さんの

功績が書かれてあった。



平賀千代吉さんは、大正時代まで続いた豊沢川下流の水不足で困っていた

人々を救ったまさに”郷土を開いた人”。

当時、豊沢川下流は水が少なく田んぼへ引く水取りの喧嘩が度々起こっていて、

水さえあればという人々の声があった。喧嘩の仲裁に奔走していた

千代吉さんは、豊沢の山あいをせき止めて水を貯めれば下流の田に

水を送る事が出来る、と考え、ダムを作ることを決意したそう。

豊沢地区の反対する人々の説得・生活の保障、県や国への陳情、

戦争による時間の経過、建設工事の際のトラブル等等、

昭和16年から始められた建設工事が完成したのは昭和36年。

八ツ場ダムも政府の方針とは別に建設が莫大な時間と費用と労力を掛けて

進みそうだが(^_^;)、当時の豊沢ダムの建設も相当なものだったに違いない。

20年の歳月を費やして、千代吉さんはその時67歳だから、建設前の歳月を

合わせると人生の大半、豊沢川に心血を注いだ事になる。

もちろん、『豊沢川土地改良区』の初代理事長になるそうだが。。

千代吉さんへの感謝を込めた記念碑があると知り、行ってみた。

花巻南高校と花巻南インターの中間くらいに位置し、碑の目の前には

見事な田んぼが広がっている。↓

画像




詳しく書かれてある素晴しいページを見つけたので詳しく知りたい方は

こちらへどうぞ(^^ゞ↓

http://blog.goo.ne.jp/suzukikeimori/e/e0d4bece77150091dc5359e33412fe25



蛇口から出る水を飲み、トイレもお風呂も快適に暮らしている生活があるのは

先人の苦労と努力の賜物なのだと…改めて感謝の念が湧いてきた。

当たり前になっているたくさんのこと、、、なぜ今こうしていられるか?

1枚のテスト用紙で思い出した。たまにはこういうことを思い出さないとなぁ(笑)。



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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
豊沢川って、賢治の「なめとこ山」の舞台じゃなかったですか?今年は、里に出てきた熊が、ずいぶん撃たれましたね。ニュースを聞くたびに、主人公小十郎のことが思い浮かびました。
yamaちゃん
2010/11/24 21:22
★yamaちゃんさん★
そうです、豊沢川の奥地になめとこ山はあるのです。豊沢川はまさにその舞台なのです。
平賀千代吉さんと宮沢賢治はどちらも農民の為に尽くした人ですね。生れた年代も近いので、もしかして?会っていたのかもしれませんね…賢治さんに詳しい人は知っているのかもしれませんが薄識ですみません(^_^;)

熊のことも猿や鹿のこともニュースで見かける度に悲しくなりますね。みんな生きたいだけなのに…なんとか共存できる方法がないものかと思ってしまいます。
hanako
2010/11/25 21:25
初めまして、滋賀県に住んでいる豊沢出身のものです。
半年前のものにコメントしてもいいのか、分からないのですが、下記記事、コメントご覧下されば幸いです。http://www.ihatov.cc/blog/archives/2010/06/post_709.htm 
「雨ニモマケズ・・」の詩にこんな事があったとは知りませんでした。
kuma
2011/05/20 16:23
前回のコメントでサイトのリンクが出来ませんね、
どうすれば良いか、もう一度やってみます。因みに
「宮沢賢治詩の世界」http://www.ihatov.cc/blog/archives/2010/06/post_709.htm 入沢康夫「ヒデリ」かヒドリ」か 2010・6・17 の記事です、ダムで故郷を離れた側からコメントしたものです。
kuma
2011/05/26 17:54
★kumaさん★
二度に渡るコメントありがとうございますm(__)m
最初の記事に辿り着けなかったのでコメント出来かねていましたが、見つけました…kumaさんのコメント。
そして、私はなんて言って良いのか…随分悩みました。
私は今、自分の中にある驕りと向き合っている所で…とてもこんな話しをするのは変なのですが、今の気持ちを正直に書くのがkumaさんへの誠意のような気がして書いています。
私は平賀千代吉さんのことを息子の教科書で初めて知って、というのも豊沢ダムが完成した頃は花巻の歴史としてまだ教科書に載っていなかったのと幼くてそのことに興味を覚えなかったからだと思うのですが、ですから千代吉さんの名前はお恥ずかしながら初めて耳にした名前だったのです。
私がこのブログを書こうと思ったのは、花巻のことを自分でも見直してみたかったのと花巻を離れた人、花巻を知りたい人の為に、自分の見たもの感じたことを伝えようと始めたものでした。あくまでも私の視点ですので見る方は物足りなかったり、言葉が適切でなかったりしているのかもしれません。
この、千代吉さんの記事についても、千代吉さんサイドから見た豊沢ダム完成の功績だけを取り上げた書き方だったわけで、その奥にある豊沢地区の方々の思いにまで私の思いが及ばなかったことをとても申し訳なく思い、また、発信する事の意味を考えています。
hanako
2011/05/27 22:13
★kumaさん★
〜つづきです〜
kumaさんは滋賀県にお住まいなのですね。私は鍋倉部落の出身です。小さい頃、豊沢部落の人達のことを両親が話していたのをかすかに覚えています。豊沢の方々の犠牲の上に立つ花巻市民の生活。なんとも言葉がありません。
言えるのは、ただただ…ありがとうございましたm(__)mです。
そして『ヒデリ』と『ヒドリ』の一語に付いてそんなに議論されているとは知りませんでしたが、疑わずに解釈してきた『ヒデリ』論。ここに来て、『ヒデリ』であって欲しいと切に思います。あって欲しいというよりそうなはずです…きっと。
今度、もう少し調べて…うまく書けるかきちんと伝えられるかわかりませんが、豊沢地区側から見た記事を書いてみたいと思いました。そして、このことは息子とももう一度話したいと思います。
貴重なコメント、ありがとうございましたm(__)m。。
hanako
2011/05/27 22:14
私は昭和34年、ダムの完成前に岩手を離れました。
 ご丁寧なご返事ありがとうございます。
「ヒデリ」「ヒドリ」については「宮沢賢治詩の世界」に
他の記事もあります。(大変興味深い記事と思います)
 私は、平賀千代吉氏の事をこのサイトで初めて教えて頂いたのです。
 よろしければ、もう一つご紹介したい記事があります。
http://ringotu-shin.blog.so-net.ne.jp/2011-01-17
 「りんご通信」:So-netブログの「淵沢小十郎の住居」
宜しければご覧になってください。
kuma
2011/05/28 16:44
★kumaさん★
はい、見ました。
こういった形で私が知らない花巻を知ることが出来たのは、kumaさんのような方のお陰です。そしてその思いをまた記事にする事はやはり私にとって大事な事だと感じる事が出来ました。
本当にありがとうございましたm(__)m
kumaさんの興味のある事を書いているかわかりませんが、よろしかったらたまに寄って下さいませね。
hanako
2011/05/28 21:09
花巻に帰ることは少なく、懐かしい情報はありがたいのです。
「うずのしゅげ」で検索してこのブログを見つけました。
そして、この記事で詩文の「ヒデリ」の確信とダムの意味を再確認させて頂いたのです。
 岩手のダムについては、同じように水没した歴史ある集落の多いことがWikipediaに載っています。
 最後ですがこの件で貴女がお悩みなる事はないと思います。
kuma
2011/05/29 12:37
★kumaさん★
はい、ありがとうございます(*^_^*)ではまた…。
hanako
2011/05/29 18:10
 またお邪魔します。
この記事でご紹介のあった「宮沢賢治の里より」田日土井
の次の記事を読んでみました。ヒデリとヒドリについての
検証でした、当時の新聞記事、データなどによる説得力に
とんだ記事です。まったく知らなかった事ですが、青空文庫などはヒドリを採っています。私はヒデリが正しいと思っています。
kuma
2011/06/08 20:01
★kumaさん★
私も、ヒデリであると思います。
このような議論のネタを残した賢治さんはこんな風になると思って書いたのではなかったのでしょうね。
でも、事実を知ることは大切な事ですが…それについて思いを巡らせるのも悪くないのかもしれませんね。その人の思いで見たり感じたりする事が大切なのかもしれないと思いました……生意気ですが(^^ゞ
私とkumaさんはヒデリ論で行きましょう!!(笑)
hanako
2011/06/21 15:52
心強い味方を得ました。
没後の校正は難しいものだと聞いていました、
本人に確認できないのですから、
客観的証拠による以外にはないのです。
 賢治の思いはヒデリですよね・・
味方が増えました
2011/06/21 17:30

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